「うぅ……ん……ん゛ん゛ぅ?」
カーテンの隙間から差し込む朝の日差しが目に染みる。
いつの間に眠ってしまったのだろう?
全くと言っていいほど記憶がない。
記憶がないのはいいのだが……
「う゛ッ、気持ち悪ッ……!?」
朝を告げる鳥の声を聞きながら、
澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んで深呼吸。
こうしていれば自然と気持ちも晴れて……胸の辺りが、ムカムカ……
「クサッ!? 私の息お酒クサッ!?」
こみ上げてくる不快感をぐっと飲み込む。
そしてやや遠回りをしたが、
ようやく目が覚めた頭をフル回転させて辺りを見回す。
いったい昨日の夜私は何をしていたんだっけ……?
「ってここ、肇の部屋?」
一度冷静になってみると、
私が寝ていたベッド、燻製用の冷蔵庫、
その他にも見覚えのある家具が視界に入ってきた。
「……うん。よし」
部屋着のまま眠ってしまっていたようだが、
服も乱れていないし何か事件があったわけではないのだろう。
もっともすでに肇とは恋人関係にある以上、
何かあってもそれ自体は問題ではないのだが。
「というか、その肇は?」
何かあったにしろ無かったにしろ、ベッドの上に肝心の肇の姿がない。
時計を確認するとまだ朝の5時半になろうかろいうところ。
休日のこんな時間から外を出歩いたりもしないだろう。
「私、昨日は何しにここに来たんだっけ?」
ぐに……
「ぐに?」
カーテンを開けようとベッドから下りた瞬間だった。
生温かい人肌のような感触を私の足が思い切り踏みつけた。
肇の背中だった。
「どうりで見当たらないわけだよ……というかなんで上半身裸なの?」
ますます状況はわからなくなってしまったが、
肇は昨日の夜何が起きたか覚えているだろうか?
「ねえ肇。肇、ちょっと――!?」
私は自分の目を疑った。
私に踏みつけられたにもかかわらず、
気持ちよさそうに寝返りを打った肇。
その胸元から首筋にかけて、無数のキスマークが跡になっていたのだ。
しかも頬には見覚えのある色のリップグロスのキスマークまでベッタリと残っている。
「これは大事件ッ……!」
状況から考えても容疑者は私しかいない、 密室で起きた二宮肇キスマークだらけ事件!!
「えっなに私!? ちょ私ほんと何してるの!?」
落ち着いて花守栞織!(天使の声) まだこのキスマークがあなたのものと決まったわけじゃ……!(天使の声)
「……おい。彼女が寝てる脇で堂々と浮気ですか?」
現実逃避のはずが先程よりも胸がムカムカしてきたので、
キスマークもグロスも自分のものだと受け入れることにする。
天使は役に立たなかった。
それにしても……
どうして寝る前にわざわざグロスを塗ったのか?
どうして息がお酒臭くて昨晩の記憶も残っていないのか?
「思い出せ~、思い出せ私。昨日の夜は……」
そこでふとテーブルに置かれたチョコらしき包みとお高そうな箱が目に入る。
「そういえば……」
昨日は肇の部屋にノートを借りに来て、
そのお礼にってことで古塚さんにもらったチョコを持ってきたんだっけ?
そしたらそのチョコがお酒入りで、なんだかだんだん楽しくなってきちゃって、
悪ふざけのつもりで肇の服を奪い取って……体中にキスを……
「やっぱり犯人私だった!!」
まあ肇も幸せそうな寝顔を浮かべているので、
このままそっと部屋を去ればすべてが幸せな夢だったということになるだろう。
……ならないよ。
とはいえまだ思い出していないだけで、
本当はもっとおかしなことをしていないとも限らない。
そこでもう一度冷静になって状況を思い出すため、
一度自分の部屋に戻って体勢を立て直すことにした。
END