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「……あの、ごめんなさい」
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「ん、どうしたんだ?」
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駅まで送る途中。
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沙織ちゃんは急に足を止めて、頭を下げてきた。
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「稽古で先輩も疲れてるのに、部屋へ押しかけちゃって……」
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「いや、楽しかったよ。アニメの解説もしてもらえたし」
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「でも、やっぱり非常識でした。
迷惑でしたよね、好きでもない子に腕を組まれたりして」
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「…………」
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一見、何も考えていないようで、繊細な部分も持ち合わせている。
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彼女はきっと、人前でそういう部分を見せるのが苦手なんだろう。
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「なんだか、お姉ちゃんと一緒にいるみたいなんです」
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「先輩?」
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「はいっ。コーメイ先輩って、お姉ちゃんと同じ匂いがします♪」
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あどけない笑顔。
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確か、沙織ちゃんは実家暮らしだったよな。
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……
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そうか、本当は沙織ちゃん……
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「先輩と一緒に暮らせないのは寂しい?」
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「さ、寂しいというか……お姉ちゃんは私がいないと
何もできないですし!」
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見ていると微笑ましい。
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先輩のことが好きで好きで仕方ないんだろう。
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「お願いしてみればいいのに。
一緒に部屋で暮らしたいんだけど、って」
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「……」
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一転して表情が曇る。
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余計なことを言ってしまったんだろうか?
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「……前にお願いしてみましたけど、ダメだって言われたんです」
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「え…」
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「お前は、お母さんのそばにいてやれ……って」
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「……」
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「お姉ちゃん、お父さんとケンカして家を飛び出しちゃったから……」
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先輩が、大手プロダクションの社長である父親のやり方に
反発していたことは知っている。
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そのために自ら、バックセットを立ち上げたことも。
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「今日も『部屋へ遊びに行っていい?』って訊いたら、
来るなって言われちゃって……」
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……きっと、沙織ちゃんはまだ先輩に甘えたいんだろう。
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彼女が俺の部屋へ来ていたのは、
そんな寂しさを紛らわすためだったのかもしれない。
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そして恐らく、先輩も沙織ちゃんのことが……
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「……先輩のこと、冷たい人だと思ってる?」
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「……」
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無言で首を横に振る。迷わずに、何度も。
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「それが分かってるなら、俺から話すことは何もないよ」
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「コーメイ先輩……」
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少しだけ、二人の関係が羨ましかった。
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ひとりっ子の俺には、ここまで強く慕い合える身内はいない。
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「行こう? 遅くなったら家の人も心配するから」
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こちらから手を取り、止まっていた足の動向を見守った。
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俺は、先輩の代わりにはなれない。
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それでも、俺と話すことで今よりもほんの少し沙織ちゃんが
頑張れるのなら……
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「あのっ!」
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「ん…?」
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小さく一歩、沙織ちゃんは歩み寄ってくる。
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「もしまたお姉ちゃんにフラれたら……
先輩のお部屋に行ってもいいですか?」
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答えずに、そっと頭を撫でてやる。
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すると沙織ちゃんは、
ようやくいつもの笑顔を見せて俺の手を握り返してくれた。
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