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「それで、どうですか?」
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「何が?」
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「デートです、デート。このあと」
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「…………」
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即答で断るつもりが、沈黙してしまう。
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さすがに外では無理だが、自宅デートぐらいなら……
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「私、観たい映画があるんです」
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「じゃあ、DVDでも借りていくか?」
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「映画館で観たいです」
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「そんなのダメに決まってるだろ」
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「どうしてですか?」
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「何度も言ってるけど、君はアイドルで俺は一般人なんだ」
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「普通の恋人みたく、人前でイチャイチャはできないんだよ」
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「……そんなの、つまらないです」
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「…………」
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『すみません、ひとつ訊いてもいいですか?』
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『なんでしょう』
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『あなたにとって、上山ゆとりの存在とは?』
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『商品です』
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『それならもし、上山さんに商品としての価値がなくなったら……』
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『…………』
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『そしたらあなたは、上山さんのマネージャーを降りるんですか?』
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『そうですね』
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『…………』
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『何か不快にさせてしまったでしょうか?』
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『いえ。変なことを訊いてすみませんでした』
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『…………』
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「……そんなに、映画館で観たいのか?」
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「…………」
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こういう時、ワガママを通さないから面白い。
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そして、こんな表情を見せられたら、
突き放すこともできなくなってしまう。
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「……アイドルって難しいです」
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「そのことが分かればいいよ。
普通には付き合えないって自覚してもらえれば」
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「でも……」
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納得はいっていない様子。
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ちょっと、ふざけて訊いてみるか。
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「そんなに俺とイチャイチャしたいのか?」
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「……したいです。イチャイチャ」
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言わせちゃったよ。
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「でも……そうすると、光明さんは迷惑なんですよね」
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「迷惑に感じるのは、
俺じゃなくて上山さんのファンや事務所なんだ」
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「俺たちだけの話ならいいけど、
周りの人に迷惑をかけるのは嫌だろ?」
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「…………」
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渋々と頷く。
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もう一度、頭を撫でてやると、
上山さんは組んでいた腕をそっと放していった。
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「……私、我慢します」
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「ああ」
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「また明日から、仕事がんばります……」
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一応、理解はしてくれたみたいだな。
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しかし、なんていうか……
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娘を持った父親の心境っていうのか?
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俺も、なんだかんだで甘いんだよな……
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「駅前にある映画館で上映してるのか? 観たい映画って」
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「え……?」
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「しばらく、休みをもらえないんだろ?
だったら、息抜きできるときにしておかないとな」
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「…………」
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「なに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるんだよ。
映画、行くのか? 行かないのか?」
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こっちが照れ臭くなってしまう。
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似合わないんだよな、こういうキャラは。
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それでも……
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「映画、観に行きたいです……」
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再度、俺の腕を取り、彼女は言い直す。
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「光明さんと一緒に、映画行きたいです♪」
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この笑顔が見たい、と思ってしまう。
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そのために、どんなワガママも聞いてしまいたくなる。
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我慢しなければいけないのは、俺の方かもしれない。
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